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仙人になりたい

仙人になりたい

責任の所在

 仕事中、他人の仕事ぶりにイライラすることがあっても、決してその人に怒りを向けてはいけない。なぜなら、その環境に身を置くしかない自分の運であり、実力であり、責任だから。他者への負の感情は自分を不幸にします。

 

・仕事が回らないのは、人を雇わない会社の責任。

・欠勤者がいて仕事の負担が多いのは、人を余分に雇わなかった会社の責任。

・仕事が嫌いなのは、その程度の仕事にしか就けない自分の責任。

・同僚が気に入らないのは、その程度の職場にしか就けない無能な自分の責任。

・同僚が仕事をサボってやる気がないことにイライラするのは、やる気がでるような待遇を与えない会社の責任。

・部下が無能なのは、無能な人材しか雇えない程度の会社にしがみつくしか能がない無能な自分の責任。

 

無とは

 小さい頃はよく就寝前に目をつぶって何もない世界を想像していました。横になっている自分を見ている自分。視点がだんだん天井、外に出てもっと離れて行って、宇宙から地球をみる。地球が小さい点になっていって最後にはその点も消えて、周りにはほかの星もない。そこでは時間も光も歴史も何もない。そんな世界を想像すると、一瞬だけそこはかとない不思議な不安を感じる。でもその不安は一瞬で消えて埋まってしまう。もう一度再現しようとするけど、また一瞬で消える。その世界を理解しようとしても、思考が戻されてしまう。

思考の寿命(1)

 生れてから今まで、そして死ぬまでの間に自分が自分らしく思考し、自由に生きられる期間は肉体的な寿命より遥かに短いものです。どんな人でも歳を取るにつれ、知能が落ち、柔軟な発想ができず、自己が生み出した固定概念に縛られ、徐々に思考の自由を奪われていくものです。完全に自由がなくなった時が思考の寿命と言えるでしょう。寿命が来たとき、その後の人生をどの様に過ごすべきなのでしょう。五感から入ってくる情報をただ機械の様に処理するだけの日々に何の意味があるのでしょう。

働くとは、社会人の在るべき姿。

  働くとはどうあるべきか。ほとんどの労働者はやりがいのある仕事ではなく、単に生活のために働いているでしょう。仕事は生活手段の一つで、それ以上でもそれ以下でもないのが大半の労働者にとっての認識と言えます。

 どこの会社でも「仕事なんだから」「社会人なんだから」という言葉を聞きます。この言葉を聞くたびに、「ああ、残念な会社だな」と思ってしまいます。そして、仕事だから何?社会人だから何?と疑問がわいてきます。こんなことに疑問を持つと、今度は「甘い」とか「常識」とか「屁理屈」とかそういう曖昧で中身のない指摘をされてしまいます。固定概念や常識にとらわれ、思考停止することがこの世で一番不幸で愚かなことではないでしょうか。あらゆる計算機が正常に動作するのは、論理回路を構築するダイオードトランジスタが在るべき所へ配置され、理屈に則って動作するからであり、それにより複雑なゲームやアプリが動いているわけです。社会科学も計算機の様に、プリミティブな要素から論理を構築していくべきではないでしょうか。

 よく会話の中で「一般的に」とか「常識」という言葉を使う人は、その在るべき思考や理屈を飛び越え、誰かに都合の良い結論へ強引に誘導しようとします。しかし厄介なのは本人たちに悪意があるわけではなく、それが彼らの「当たり前の事」であり、社会の大半の人(主に年配者、高齢者)は彼らの「当たり前の事」に同調してしまうことです。これは社会が論理や理屈ではなく、古い常識や固定概念を優先してきた文化の問題です。しかし、もし科学が古い常識や固定概念に囚われていたとしたら、インターネットもスマートホンも作られず、人類は原始的な生活を送っているでしょう。科学は成長しているのに、社会は古い常識や固定概念に囚われ、いまだに石器時代の様です。

 労働者は如何にして自分たちが楽できるかということを主張しなくては成りません。自分たちが如何に快適に楽に労働できるようにするかを主張する義務があります。賃金を上げるよう主張しましょう。経営者のいいなりになってはいけません。「仕事なんだから」とか「社会人なんだから」という原始人の言葉に負けてはいけません。彼らに文明を与えてあげましょう。権利を主張する文化こそが、人間らしい社会の構築に必要なことです。

人生について

■生きる事をテーマにした記事を書いていこうと思います。

最近なにもやる気が起きず、人と話をしていても、ありきたりのやり取りを繰り返すだけで、何も変わらない。

人生が消化試合の様で、残りの寿命をどのように過ごそうか、このまま生きている事に意味があるのか、そんな事ばかりを考えてしまいます。こんなネガティブな感情ばかりで釈然としない生活の中ですが、少しでも楽しいことを見つけようと工夫をしています。

たぶん、同じような悩みを持っている人は沢山いるんじゃないかと思うので、このブログが誰かの何かの参考になればと思います。